明日が待ち遠しくなる!3分で幸せの種まき

ワクワクして明日を迎えるために、今すぐできること。

「一分間謝罪法」を読んでみた

職場でミスをした。些細なミスではあるのだが、同僚からは責められた。彼女の仕事を増やしてしまったからだ。しかも、同様のミスは初めてではなかった。

 

皆の前で責められた。これは仕方ない。ミスをした自分が悪いし、前回までのミスで行動を改めることができなかったのだから。

 

しかし最もいけなかったことは、自分がきちんと謝罪できなかったことだ。皆の前でミスを指摘され、恥ずかしさでいたたまれず取るべき行動を誤った。

 

また同じような状況に陥った時、相手も自分も納得できる行動をしたい、と思っていた時、facebookの「『アクションリーディング』行動するための読書」というグループに投稿されていたどなたかのブログの過去記事の中で、この本を知った。こちらがその本の読後の感想をまとめたチャレンジシートである。 

 

 

この本を読んで、自分がどう行動するべきだったかがわかった。特に、自分の過ちがどういうことだったのかをきちんと認める、という部分が自分に欠けていると思う。間違えたことが恥ずかしくてたまらず、早く忘れてしまいたい、という気持ちが働くのだ。

 

その結果、自分が何を謝罪するべきかが曖昧になり、相手に謝る際にも何について謝っているのかが伝わらないままになってしまう。相手にこの点をきちんと伝えられれば、何かよいフィードバックがもらえる可能性もあるが、曖昧な謝罪には相手も曖昧に対応するしかないだろう。結果として、どう行動を改善するべきか考える際にも独りよがりになってしまうのかもしれない。

 

今後の自分の課題としてずっと取り組んでいくのはもちろんだが、子供たちにもきちんと謝ることができるよう、教えていかなくてはいけないと思った。そのための具体的な指針が本として手元にあるのは非常に心強いことである。

仕事を時間通り終わらせるために

定時で帰宅するのは、今の自分にとってなかなか大変なことだ。

 

今日はあとこれを仕上げたら帰ろう、と最後の作業に取りかかったつもりが、急ぎの仕事が割り込んできて中途半端に終わってしまったり、当初の予想より作業に手間取ってしまい、気がつくと定時を過ぎていたり。

 

慌てて業務報告を書いて、出勤簿に記入して、などしていると10分や15分はあっという間に過ぎてしまう。

 

目標の退社時刻を設定して、予め業務報告を作成してから作業に取りかかる、というのは一つの方法かもしれない。今日予定する作業の種類と量から必要時間の予測をたてて、朝記入しておく。退社時に見直して、予測と実際のズレを確認するのだ。

 

これを継続すれば、自分の予測に欠けている部分がはっきりしそうだ。自分の予測はいつも見積時間より実際の作業時間がかなり長くなってしまうので、ストップウォッチで計ってみるのもイイかも。

 

月曜日から、早速やろう。

 

 

粟津 恭一郎著 「良い質問」をする技術 を読んでみた

赤羽雄二さんの「ACTION READING」を読んで以来、読書の目的を意識している。

 

今の私のテーマは、良い質問、聞くべき質問が的確にできるようになることだ。そのために役立つ本を読み、仕事のみならず家庭や普段の生活の中でも実践するよう心掛けている。私が目指す良い質問とは、相手の貴重な時間を奪いすぎることなく自分に必要な情報を得られて、相手が答えたくなる・答えてもよいと思う質問のことだ。

 

今回作成したチャレンジシートはこちら。

 

 

 チャレンジシートを作成してからブログアップするまでに、1ヶ月ほどかかってしまったが、その間もできるだけ、人に質問をする前に質問の目的や質問の仕方を考えるように意識して、小さいながらも気づきがあった。

 

一番の成果は、質問を考えるようになったことで、相手からの質問へのよりよい答え方を意識するようになったこと。質問の意味をよく考えて、相手がどういう目的でその質問を発しているのかをよく考え、過不足なく答えようという意識ができてきた。

 

本書で勧められているように、カードを使ってランダムに自分への質問を作成してみた。面白い質問ができるのだが、作成した質問とその答えを記録する方法をどうするかが課題。自分の興味・関心を向けたい分野に関するカードを作成し質問に答えていくと、自分の心の整理になるだけでなく、学習ツール、課題の発見ツールとしても使えそうだ。

 

実はここまで書いてから2週間が経ってしまった。その間、特に今から自分が何をするかについて書いたことを意識して生活してみた。

 

実践してみると、特に子供と話すとき以前より会話が弾むようになったと思う。また、自分が同じ事をグルグル考えてしまう時には、それに気づいて別のことに意識を向ける努力ができるようになってきた。

 

ただ、自分への質問時間を作るとは書いたものの、何のための質問をするのか明確にしておかないと意味がないことに気づいた。毎月のテーマに対する自分の進捗を確かめるとか、目標の達成度合いを確認するツールとして継続して役立ててけるよう生活に組み込んでしまいたい。

 

良い質問をすることは難しい。そして質問に的確に答えるのも本当に難しい。でも、それらにより良く対応できるようになりたい。

 

 

 

 

 

自分の思いをすくい取る

 今日のコーチングセッションで、自分の考え方の中にある、一つの典型的な思考パターンが明らかになった。

 

自分が何をしたいか、ではなく、何ができるかまたは何をするべきか、で行動してしまうのである。言い換えれば、want to ではなくcan do/have toで考え、行動してしまうのだ。

 

 それに対してコーチからは、1日7個自分を褒めて日記に書くよう宿題が出た。実は以前からでている宿題なのだが、私にはこれが難しい。書きとめるだけではなくて、各項目について、自分がどう感じたかを確認する必要もあるのだとか。これがまた何だか照れくさくてやりにくいのである。

 

なぜこういう課題が出るのだろうか。一つ思いつく理由は、自分が出来ていることを自分に認めさせる必要があるとコーチが考えているためではないか、ということ。

 

自分の意識は 「今できていないこと」に向きがちで、だからこそ職場で時給アップを提案されたりすると驚いてしまうのだが、 コーチが言うには、出来ていることを 認めて自分を褒めてあげると、もっと他人の良いところも認められるようになる、というのだ。

 

周囲の人へのリスペクトは充分に持ち合わせているつもりなのだが、言われてみれば、自分はほめ方のバリエーション が少ないな、と感じた事がある。褒める事に慣れていない、ぎこちなさがある気がする。

 

最もそれを感じるのは 娘に対する時で、なぜか特に上の娘に対して厳しい見方をしてしまうのだ。自分によく似ているから、自分を見るのと同じ目線で見て、自分にかけるのと同じ言葉をかけてしまっているのかもしれない。

 

いつも彼女を叱っている感じがして気が咎めているのだが、今まではそこを直したくても直せずにいた。今回の課題に真摯に向き合うことで、 自分に対してだけでなく、娘への視線にも良い変化が起こせるといい。

 

自分の気持ちをすくい取る 事を意識していないと、母として妻としてやらなくてはいけないことに追われ、 自分が感じたことがいつの間にかどこかへ流れていってしまう。私はもっと、自分の心の声に素直になる必要があるのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

来年の、もっと先の私は

社長との面談があった 。入社して1年数ヶ月経つが社長との面談は初めてである。

 

ドキドキしながら面談に臨んだが、今ちょっと大丈夫?と不意に呼ばれて心の準備をする間もない状態だったのがよかったのか、あまり緊張せずに話すことができた。

 

どうですか1年経ちましたが、などと当たり障りのない話から始まったのだが、一通り話を聞いてみると、なんと時給を200円上げてくれるという。契約も1年ではなく、無期契約にしませんかとのこと。

 

全く予想以上の展開でびっくりして、固まってしまいそうになった。とりあえず、こういう時は喜ばなくちゃ!とあありがとうございますぅーとお礼を言い、今は扶養に入っているので来年の働き方については主人ともよく話し合って、今年のうちにお返事します、来年から時給アップということでお願いします、と話は終わった。

 

自分では、自分の仕事ぶりにダメ出しばかりしていたのだけれど、人に評価してもらえるのは何て嬉しいことなんだろう、としみじみとした喜びがこみ上げてきた。

 

社長からは、ぜひ仕事の幅を広げて行って下さい、何か相談があれば税理士を紹介するので相談してみて下さいとまで言ってもらって、パートのおばちゃんとしては破格の待遇である。

 

今の生活に精一杯であまり先のことは考えたことが無かったのだけれど、 こんなに予想外のことが起きるなら、来年、再来年の私はもっと今とは違う私になれるのかもしれない。

 

自分の知識やスキルのなさが情けなくて泣きながら仕事をした日もあった。でも苦しくても進み続けていれば、目の前がパッと開けるような経験をする事もできるのだ。次は、ぜひ社員になって下さいと言ってもらえる存在を目指そう。

visioningが自分の未来にもたらすもの

昨日はビジョニングセミナーに参加した。将来自分がどうなりたいのか、それを明確にするためのセミナーと聞いて、正にそれは私のためのセミナー!と思って 楽しみにしていた。

 

コーチングを受け始めたきっかけは、自分が本当にやりたいことは何か、よくわからなくなってしまったからだった。それがはっきりすれば、どうやってそこに向かって進んでいくか考え、実行する段階に入れる。ビジョニングはその大切な一歩になるはず、と思って結構気合を入れて準備して臨んだ。

 

当日は私を含め5人の参加者がいて、前半はそれぞれファシリテーターであるコーチの 指示に従い、色々な質問に答えたり 作業を行ったりした。

 

今の自分が自分をどのように感じているのか、自分に足りないものは何か、自分の欠点と思える部分をポジティブな視点から言い換えるとどうなるのか、といった自分を見つめる作業や、これは最初かなり恥ずかしいのだが、他の参加者が書いたシートをもとに、将来なりたい自分になっている設定でお互いにインタビューをしたりした。

 

後半は大きな紙に、dream mapを作成した。3年後の自分が何をしているかを言葉や雑誌の切り抜きで表現するのだ。来年だとリアルすぎて想像しにくいことも、3年後なら書けるから、と。 そして、「やってみたい」ではなく「既にそうなっている」という 設定で、皆の前で 5分間自分のビジョンについてプレゼンした。

 

dream mapの作り方が面白い。紙を大きく4つのエリアに分ける。右上は 自分が周囲の人とどう関わっていくか、右下は自分の心はどのような状態か、左上は世界はどうなっているか、左下は自分が何を持っているか、それぞれ写真や言葉を 使って表現し、中央に必ず3年後の作成日の日付を書き入れる。

 

3年後の世界がどうなっていてほしいか。それを具体的なイメージに落とし込むのが一番難しかった。まったく考えたことがなかったから。

 

とりあえず雑誌をめくって、何かピンとくるイメージがないか考えてみた。その中で、赤ちゃんのバースデーケーキが「かわいい!」と目に留まり、こんなケーキを作って祝ってもらえる赤ちゃんは幸せだな、と思った。そこで、あっ!と気づいた。世界中の子供がこんなケーキで誕生を祝ってもらえるようになったらどんなに幸せだろうか、と。

 

そして、家族で大きなベッドに入りふかふかのお布団でお父さんに読み聞かせをしてもらっている子供たちとそれを見つめるお母さんの写真を見つけて、すべての子供たちに安心して眠れる場所とケアしてくれる人がいる世界、というイメージもできた。

 

そこからは、夢中で作業をした。次々雑誌をめくり写真を切り抜いて、自分のやりたいこと、ほしいもの、周囲の人たちとの関わり関わり方のイメージを表現することができたと思う。

 

できあがったdream mapを手にしてみんなの前で発表するときも、自信をもって発表できた。今の自分が表現したいことをちゃんと盛り込めたと思ったから。そして他の参加者のmapを見たとき、それぞれ全く違う内容であることに驚いた。

 

でも、よく考えてみれば、何を夢見ようとも自由なのだ。今ほかの参加者が考えていることを自分の目標として考えても全く問題ないはず。そういう視点で自分の作ったものを見ていて、改めて納得した。「自分の中にあるビジョンを引き出す、それがビジョニングです」ということに。最初に説明された時は、本当に自分の中にそんなものがあるんだろうか、と思って聞いていたのだが、裏返せば自分の中にあるものしか出てこないのだ。

 

もっと違う夢を持ちたいと思ったら、違うことを自分の中に意識して取り込んでいかなくてはいけない。それを意識させるツールとしてdream mapはあるのだ。私は、今の会社で自分が何をしたいのかよくわからない。わからないから、dream mapにはそれについてのイメージが全く反映されなかった。mapを作っているとき、見ていてワクワクするものにしましょう、というファシリテーターの言葉が頭にあり、仕事とワクワクが結びついていなかったのだと思う。

 

毎日仕事をしていたい、ということは頭にあったのだが、仕事によって何を実現したいのかを考えるのは自分にとって少々しんどいことだ。そこで思考が止まってしまう。すぐに答えが出ないかもしれないが、何かそれに関するイメージをmapに加えたいと思って日々を過ごすことが、まずは第一歩なのかもしれない。

 

帰宅してから改めて前半のワークの用紙をみた。自分に足りないところ、取り入れたいところをぜひmapに反映させてくださいね、と言われたことを思い出し、何枚か写真を切り抜いて追加した。不思議なことに、そうするとなぜか、ほっとして落ち着いた。

 

今は、また何枚か追加したいイメージがある。イメージに合う写真を見つけたら、また貼り付けてワクワクしたい。ビジョニングは、毎年行うのがいいそうだ。また来年もやってみたい。それまでに自分がどれだけ変化していられるのか、本当に楽しみである。

 

思い込み

同僚の社員から、  共同で行っている作業の進め方について注意を受けた 。

 

 取引先から受け取ったエクセル原稿(1回に何十個かある)をコピペして、サイトに掲載されるようシステムに登録しているが、受け取った原稿の内容に不備がある場合、取引先に内容を再確認して登録し直す必要がある。

 

一通り登録作業を終えると、原稿の不備を指摘するメールを社員に送信するのだが、そのメールの内容がわかりにくいと以前指摘を受けた。

 

それ以来自分としてはなるべく分かりやすいよう記入して送信していたつもりだったが、また同じ指摘を受けた。これでは取引先に 伝わらない、というのである。どうしてなのかすぐには理解できず、しばらく考え込んでしまった。

 

ポイントは、取引先に 分かりやすく伝えたいという事か、と思ったとき、パッとひらめいた。私はエクセルファイルを開いて指摘事項と照らし合わせながら不備を確認するものと思い込んでいたが、同僚や取引先の担当者は忙しく、いちいちエクセルファイルを確認するのが面倒なのだ。

 

メールを読んだだけでどこにどんな不備があるのか 伝わるようにしてほしい、という意味だった。取引先の担当者が十数名のお客様とやりとりしながら大変な思いでエクセル原稿をまとめているので、負担を軽くしてあげたいとの社員の思いやりなのだった。

 

二重の意味で落ち込む出来事である。

 

まず自分は、相手の作業負担を考えるという視点を持っていなかった。社員の作業負担もそうだし、取引先のことなど全く気にしていなかった。

 

目の前の作業にだけ心奪われて、仕事の 始まりから終わりまでの全体の流れと相手の状況を想像していなかったのだ。自分の仕事だけ何とかなればいいという、いかにも作業員的発想で、苦笑するしかない。

 

そしてもう一つ、このことが今の自分が作業をこなすのに精一杯で、仕事はできていない状態だということを よく表していると思った。

 

仕事をするということは、私のような後方部署なら、会社が行っている活動の生産性を高めることだと思う。私は近い将来、本当の意味で会社に貢献 できるようになるのかしら?とため息が出る。

 

まずは、気づいた自分にヨシとして、 次からどのように作業を進めるべきかよく考えよう。 あせらず、少しづつ前進 あるのみ。