明日が待ち遠しくなる!3分で幸せの種まき

ワクワクして明日を迎えるために、今すぐできること。

明日が待ち遠しい人

年末に読んだ本に、やりたいことがあって目標に向かってがんばっている人は、明日が待ち遠しくて仕方ないものだ、という一節があった。

 

明日が待ち遠しくて仕方ないなんて、最後に感じたのはいつだろう。

 

数年前、大好きな作家さんのイベントに参加できることになったことがあった。作家さんがどんな風に登場するかなど色々想像が尽きず、イベントが始まるまでわくわくしっぱなしだった。子供を預ける場所を探すのが大変だったし、結構な出費だったのだが、それが全く気にならなかった。もちろん、参加できて大満足で帰ってきた。

 

毎日本気でがんばっている人は、毎日そういう気持ちで過ごしている、ということなのか。だとしたら、毎日を記念写真におさめてみんなにシェアしたくなるかもしれない。facebookでは、自分から投稿することはほとんどないけれど、それは生活にワクワクが足りないから、というのも一因かも。自分が本当にワクワクして楽しいことなら、その気持ちをみんなとシェアしたい、と思うだろう。

 

最近あった町内のお餅つきも、自分はあまり気が進まないまま子供を連れて行ったのだが、特に下の子は「おもちつきだ!」と前日から楽しみにしていた。そして、お餅を沢山食べ、杵を持っておもちをぺたぺたして、近所のお姉さんお兄さんに遊んでもらい、大満足で帰宅した。

 

子供が感じたワクワクは、大人たちががんばって作り出した場によって与えられたものだ。町内会の人たちには本当に感謝の言葉しかない。自分がワクワクするには、どうすればいいのだろう?

 

他の人が作ってくれた場に飛び込むもよし。自分で場を作るという方法もある。そんな立場になったことがないので想像がつかないが、自分が心から楽しいと思うことをみんなとシェアできる、みんながそれぞれそういう場所を求めている、という感覚はある。自分はどういう場にいたいのか、具体的に言葉にするには、私はもっと自分と会話する必要がありそうだ。

 

 

自分の思いを見つめる

自分が本当に望んでいることは何か、知ることは難しい。自分が何を感じているかを掴まえることも。相手に本当はどうしてほしいと思っているかも。きちんと自分に向き合って心の中の言葉を拾い上げるのがこれほど難しいとは思わなかった。

 

これは、1月に2回受けたコーチングセッションで感じた事である。コーチから、○○について、あなたはどう感じていますか?と聞かれても、状況を説明したり、周囲から期待されているかもしれない役割を答えては、そうではなくて自分の気持ちを話してほしいと何度も言われてしまった。

 

私はどうやら、自分の気持ちを正直に相手に伝えた結果嫌われてしまう、という状況を避けようとして、相手の感情を害さないような反応を無意識に選んでいるようなのだ。

 

無意識なだけにたちが悪い。かなり強く意識して自分の気持ちを見つめないと、自分が感じている気持ちの細かなニュアンスや、感情の触れ幅の強さなどはあっという間に消え去ってしまう。

 

最近読んだ本の中では、自分としっかり対話する時間を予定の中にあらかじめ組み込んで、定期的に取り組んでゆくと非常に効果が高いと書いてあった。

 

確かに、家族と一緒に過ごす家では、どうしても家事を片付けたくなったり、子供が急に起きてきたり、集中を妨げるものが沢山ある。

 

時間的にも場所的にも自分に集中できる環境の中に身を置いて真剣に取り組むことが必要な部分かもしれない。どうやってスケジュールに落とし込むか、考えてみようと思う。

 

 

そう言えば、忘年会(?)に参加してみた

とうとう忘年会に参加できた!のだが。

忘年会というほどの会は、なかった(^^;

 

終業後の会議室が解放され、ビールやお酒が用意され、取締役の行きつけのお店から取り寄せた焼き鳥やご飯が並べられた。仕事が終わって参加したい人は三々五々集まって乾杯して飲んでいる。

 

全く参加せず、挨拶だけして帰る人もチラホラ。一応席について20~30分ほど談笑して帰る人が大多数。もちろんずっと居座っている人もいる。

 

私は初めて終業まで仕事をして、さらに1時間残業。ようやく会議室に行った時には座は程よくくだけた感じになっていた。

 

経理・財務担当の取締役と少々マジメな話をしてみたり、男性陣と子供の話をしたり。全員揃ってカンパーイとはならず、社長も参加せず、というのがかえってベンチャーらしくて面白い。

 

隣に座った若い女子社員と何を話したらよいかわからず、話が弾まない。自分の会話能力の無さを呪いつつ、9時近くなったので帰ることにした。

 

帰りの電車を待つ最寄り駅のプラットフォームが、いつもと全く違う場所に思えたのが印象に残っている。がらんとして、風を感じた。いつもは帰宅する人でごった返しているのに。

 

こんな事を感じることが出来たのは、旦那のおかげだ。感謝感謝。また何か本当にやってみたくなったら、自分の気持ちを正直に話して、助けてもらえそうなことをお願いしてみよう。

 

 

 

 

「一分間謝罪法」を読んでみた

職場でミスをした。些細なミスではあるのだが、同僚からは責められた。彼女の仕事を増やしてしまったからだ。しかも、同様のミスは初めてではなかった。

 

皆の前で責められた。これは仕方ない。ミスをした自分が悪いし、前回までのミスで行動を改めることができなかったのだから。

 

しかし最もいけなかったことは、自分がきちんと謝罪できなかったことだ。皆の前でミスを指摘され、恥ずかしさでいたたまれず取るべき行動を誤った。

 

また同じような状況に陥った時、相手も自分も納得できる行動をしたい、と思っていた時、facebookの「『アクションリーディング』行動するための読書」というグループに投稿されていたどなたかのブログの過去記事の中で、この本を知った。こちらがその本の読後の感想をまとめたチャレンジシートである。 

 

 

この本を読んで、自分がどう行動するべきだったかがわかった。特に、自分の過ちがどういうことだったのかをきちんと認める、という部分が自分に欠けていると思う。間違えたことが恥ずかしくてたまらず、早く忘れてしまいたい、という気持ちが働くのだ。

 

その結果、自分が何を謝罪するべきかが曖昧になり、相手に謝る際にも何について謝っているのかが伝わらないままになってしまう。相手にこの点をきちんと伝えられれば、何かよいフィードバックがもらえる可能性もあるが、曖昧な謝罪には相手も曖昧に対応するしかないだろう。結果として、どう行動を改善するべきか考える際にも独りよがりになってしまうのかもしれない。

 

今後の自分の課題としてずっと取り組んでいくのはもちろんだが、子供たちにもきちんと謝ることができるよう、教えていかなくてはいけないと思った。そのための具体的な指針が本として手元にあるのは非常に心強いことである。

仕事を時間通り終わらせるために

定時で帰宅するのは、今の自分にとってなかなか大変なことだ。

 

今日はあとこれを仕上げたら帰ろう、と最後の作業に取りかかったつもりが、急ぎの仕事が割り込んできて中途半端に終わってしまったり、当初の予想より作業に手間取ってしまい、気がつくと定時を過ぎていたり。

 

慌てて業務報告を書いて、出勤簿に記入して、などしていると10分や15分はあっという間に過ぎてしまう。

 

目標の退社時刻を設定して、予め業務報告を作成してから作業に取りかかる、というのは一つの方法かもしれない。今日予定する作業の種類と量から必要時間の予測をたてて、朝記入しておく。退社時に見直して、予測と実際のズレを確認するのだ。

 

これを継続すれば、自分の予測に欠けている部分がはっきりしそうだ。自分の予測はいつも見積時間より実際の作業時間がかなり長くなってしまうので、ストップウォッチで計ってみるのもイイかも。

 

月曜日から、早速やろう。

 

 

粟津 恭一郎著 「良い質問」をする技術 を読んでみた

赤羽雄二さんの「ACTION READING」を読んで以来、読書の目的を意識している。

 

今の私のテーマは、良い質問、聞くべき質問が的確にできるようになることだ。そのために役立つ本を読み、仕事のみならず家庭や普段の生活の中でも実践するよう心掛けている。私が目指す良い質問とは、相手の貴重な時間を奪いすぎることなく自分に必要な情報を得られて、相手が答えたくなる・答えてもよいと思う質問のことだ。

 

今回作成したチャレンジシートはこちら。

 

 

 チャレンジシートを作成してからブログアップするまでに、1ヶ月ほどかかってしまったが、その間もできるだけ、人に質問をする前に質問の目的や質問の仕方を考えるように意識して、小さいながらも気づきがあった。

 

一番の成果は、質問を考えるようになったことで、相手からの質問へのよりよい答え方を意識するようになったこと。質問の意味をよく考えて、相手がどういう目的でその質問を発しているのかをよく考え、過不足なく答えようという意識ができてきた。

 

本書で勧められているように、カードを使ってランダムに自分への質問を作成してみた。面白い質問ができるのだが、作成した質問とその答えを記録する方法をどうするかが課題。自分の興味・関心を向けたい分野に関するカードを作成し質問に答えていくと、自分の心の整理になるだけでなく、学習ツール、課題の発見ツールとしても使えそうだ。

 

実はここまで書いてから2週間が経ってしまった。その間、特に今から自分が何をするかについて書いたことを意識して生活してみた。

 

実践してみると、特に子供と話すとき以前より会話が弾むようになったと思う。また、自分が同じ事をグルグル考えてしまう時には、それに気づいて別のことに意識を向ける努力ができるようになってきた。

 

ただ、自分への質問時間を作るとは書いたものの、何のための質問をするのか明確にしておかないと意味がないことに気づいた。毎月のテーマに対する自分の進捗を確かめるとか、目標の達成度合いを確認するツールとして継続して役立ててけるよう生活に組み込んでしまいたい。

 

良い質問をすることは難しい。そして質問に的確に答えるのも本当に難しい。でも、それらにより良く対応できるようになりたい。

 

 

 

 

 

自分の思いをすくい取る

 今日のコーチングセッションで、自分の考え方の中にある、一つの典型的な思考パターンが明らかになった。

 

自分が何をしたいか、ではなく、何ができるかまたは何をするべきか、で行動してしまうのである。言い換えれば、want to ではなくcan do/have toで考え、行動してしまうのだ。

 

 それに対してコーチからは、1日7個自分を褒めて日記に書くよう宿題が出た。実は以前からでている宿題なのだが、私にはこれが難しい。書きとめるだけではなくて、各項目について、自分がどう感じたかを確認する必要もあるのだとか。これがまた何だか照れくさくてやりにくいのである。

 

なぜこういう課題が出るのだろうか。一つ思いつく理由は、自分が出来ていることを自分に認めさせる必要があるとコーチが考えているためではないか、ということ。

 

自分の意識は 「今できていないこと」に向きがちで、だからこそ職場で時給アップを提案されたりすると驚いてしまうのだが、 コーチが言うには、出来ていることを 認めて自分を褒めてあげると、もっと他人の良いところも認められるようになる、というのだ。

 

周囲の人へのリスペクトは充分に持ち合わせているつもりなのだが、言われてみれば、自分はほめ方のバリエーション が少ないな、と感じた事がある。褒める事に慣れていない、ぎこちなさがある気がする。

 

最もそれを感じるのは 娘に対する時で、なぜか特に上の娘に対して厳しい見方をしてしまうのだ。自分によく似ているから、自分を見るのと同じ目線で見て、自分にかけるのと同じ言葉をかけてしまっているのかもしれない。

 

いつも彼女を叱っている感じがして気が咎めているのだが、今まではそこを直したくても直せずにいた。今回の課題に真摯に向き合うことで、 自分に対してだけでなく、娘への視線にも良い変化が起こせるといい。

 

自分の気持ちをすくい取る 事を意識していないと、母として妻としてやらなくてはいけないことに追われ、 自分が感じたことがいつの間にかどこかへ流れていってしまう。私はもっと、自分の心の声に素直になる必要があるのかもしれない。