明日が待ち遠しくなる!3分で幸せの種まき

ワクワクして明日を迎えるために、今すぐできること。

自分がやりたかったこと

前回の続き。私の迷走の軌跡について。中学生・高校生だった頃、あなたは、将来何をして生きていこうと思っていたか思い出せるだろうか。

 

そして今、当時思い描いた生き方ができている人は、本当に幸せな人だ。自分で自分の舵取りがきちんとできたのだから。

 

私には特に夢はなく、とにかく家を出て暮らしたかった。家を出て一人で暮らせば、幸せに生きていけると思いこんでいた。

 

両親は勉強しろと毎日毎日言うし、テレビのボリュームまで小さくして、勉強の邪魔にならないように、などという。テレビは親がチャンネルを決める。当時話題のドラマやバラエティーは、あんなくだらないもの、見る必要ないといって普段は全く見せてもらえなかった。

 

仕方なく、ラジオを聞くようになった。音楽や夜のラジオは本当に面白かった。しかし親は、音が聞こえていると勉強の妨げになると信じ込んでいて、音楽を聞きながら勉強するなんてとんでもない、普段から音楽がうるさい!と腹をたててばかり。とうとう父はラジカセ(年がばれますね)をたたき壊してしまった。

 

普段から、草むしりなど家の用事をせずに友達と遊ぶことは許されず、せっかく誘いに来てくれても断るしかなかった。小遣いを貯めて漫画を買ったらものすごい勢いで怒られ、捨てられた。仕方ないので、ノベライズされたものを読んだり、学校で友達から借りて読んでいた。漫画も、とても面白かったのだ。

 

家にいても楽しくなかったが、友達とも楽しく遊べない子供だった。女の子同士のグループの中に、うまく入っていけない。話したいのに、何を話したらいいのかわからなくて、会話が続かなかった。

 

中学の後半は、靴の中に「お前のことなんか大嫌いだ、消えろ」的手紙が入れられるようになった。理由は、考えても考えてもわからなかった。それでも休まず通学しつづけた。

 

高校は、隣町の進学校に進んだ。自分は、共学の高校に進学したかったが、親の強硬な反対があってのことだった。

 

高校でもなかなか友達が作れず、クラスでもハブられる訳ではないのだが、特定のグループに入るでもない。修学旅行の班決めでは、何とか仲間に加えてもらったが、自分も同じグループの子たちも、心から楽しんだかといえば、微妙なところだ。

 

さすがに高校生にもなると、はっきり自覚する。自分に友達ができないのは、自分に問題がある、と。共通の趣味があると話が弾む。でも共通の話題がない人と、どう関わればいいのかわからない。全く友達がいない訳ではないのだが、とても少なかった。

 

ある時期から、自分は自分にしか興味がないからではないか、と思い始めた。自分のことばかり話し、自分も興味のある話題なら盛り上がれる。しかしそれに気づいていても、自分の会話や行動をどう変えていけばいいのかわからず、試行錯誤が続いた。

 

こんな風にして、大学に進学すれば、周りの環境さえ変われば、自分も変われるんじゃないかと、さらに家脱出の意志を強くしていた。

 

変わるはずがないのだ。自分が変わらないと、世界は変わらない。本当にそう気がつくまで、高校卒業から30年近くかかった。

 

あなたは、自分の進みたい方向へ、自分の意志で進んでいますか?まだまだ、続きます。